Bateau-Lavoir

対談連載「バトー・ラヴォワール」

Vol.1 大久保篤志さん〈後編〉

KATSUMATA JAPAN officeの勝又美孝が親交の深いクリエイターをゲストに迎え、クリエイションをテーマに対談を行う連載。その記念すべき船出となる今回は、勝又たっての希望により日本のメンズスタイリストのパイオニアであり、自らのブランドであるThe Stylist Japan®︎を手がける大久保篤志さんが登場。今年で40周年となるスタイリストの活動と洋服作り、はたまたプライベートについて、これまでとこれからのお話をうかがいました。

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「オレに頼みたいといってくれる人がいる限り、 なるべく100%で応えたい。裏切っちゃいけない」

「オレに頼みたいといってくれる人がいる限り、なるべく100%で応えたい。裏切っちゃいけない」

目下の課題はブランドの洋服作りの再構築

勝又(以下K) ここまでの話で改めて日本のメンズファッションを作り上げたおひとりなんだなと。

大久保(以下O どうだろう(笑)。40年、考え方もやり方も変えず、仕事をする相手が変わっているだけだから、自分ではよくわからない。変わったのは洋服を作るようになったことくらいかな。The Stylist Japan®︎は自分にとってはまだまだ課題だらけだね。

K 課題と言いますと?

O スタイリストとしてやってきた経験がまだ服に生かしきれていない気がしていて。もともとはストリート系の人たちにジャケットやスーツを着てもらいたくて、ワークウェアの生地でスーツを作ったところまではよかったと思うし、それなりに形はできたけど、そこから先は本当に納得できるものが作れていない。

K そうなんですね。

O 自分で作ったものすべてが本当にいいと思えるのかっていうとね。ここからまた再構築しないと。ここまでたくさん作らず、本当に自分が着たいものだけでいいのかも。あとは、こういう時代だから見せ方も変えなきゃいけない。展示会をやってオーダーを取るという形は、地方の人たちにとっていまはなかなか難しい。作り方も見せ方も新しく考えていかなきゃ。

K 見せ方についてはどこも試行錯誤していますよね。ブランドはいま何年目になるんでしたっけ?

O 2006年スタートだから、14〜15年。

K もうそんなに。お洋服を拝見して私が感じるのは、メンズの基本となる素材をしっかり踏襲されているということ。素材使いにグッときますし、色や柄も素敵です。着ていらっしゃるニットのグラフィックはどなたが描いていらっしゃるんですか。

O これは友達でもある飯田淳さん。

K 数シーズン前から使用されていますよね。

O そう。同い年だし長い付き合いで気心が知れてるから、ちょっと言えばわかってもらえるのが大きい。

K あと、アイテムがどれもリーズナブルです。

O 特にこだわってるわけじゃなくて、結果的にそうなってる。

K デザインする際は誰かをイメージしていたりするんですか。

O 特に誰ということはないけど、レコードジャケットやミュージシャンのスタイルからインスピレーションを受けて作ったりはするよ。

K インスタグラムでもレコードジャケットと一緒に写った画像をアップされていますよね。

O コーディネートの色合いとジャケットの色合いでチョイスして。昔から音楽が好きだから影響は受けてるよね。

K 服作りだけじゃなく、スタイリングにも音楽からの影響はあるんですか。

O スタイリングはないね。その人に合わせてするものだから。

K でも、大久保さんなりの味が加えられてはいますよね。

O 自然とそうなってるかもしれないけど、あまり意識はしてない。あくまでその人に合ったもの、求められるものを出そうとしているだけ。あとはそのときどきのシチュエーションを考えるくらい。

K そうなんですね。例えば木梨(憲武)さんを見ても、私には大久保さんに見えてくるんです。大げさかもしれませんが、乗り移ってるというか。

O 自分では本当に意識してないんだけどね。

K ああ、大久保さんのスタイリングだなって。木梨さんしかり、テリー(伊藤)さんしかり。それくらい強い個性を感じます。

スタイリストの仕事で決して譲れないこと

K 大久保さんなりのスタイリストとしてのこだわりってどんなことですか。スタイリングじゃなく、仕事全般のことでもいいんですが。

O あんまりないけど、強いて言えば本人が現場入りする45分前には準備を始めるとかかな。焦ってやるのは嫌なんだよ。準備はゆっくりしないと。

K 大久保さんがほかのスタイリストと違うのは、リースを決してアシスタントに任せず、絶対にご自身で洋服を確認されるところですよね。ちゃんと現物を見て触って。ほかの方は忙しいせいもあってか、アシスタントに任せることも多いので。

O そうなんだ。

K だからここだけの話、滅多に会わない若いスタイリストに「大久保さんでさえ来るのに」って思うことも多くありましたよ。アシスタントしか会ったことがないなんて人も中にはいますから(笑)。それはまたこだわりとは違うかもしれませんが。

O こだわりというか、それが当たり前になってるだけで深くは考えてないよ(笑)。

K そういうところにもすごさを感じますし、スタイリストのお手本、あるべき姿じゃないかと思います。

O いえいえ、そんな(笑)。

K だからこそこうやって、私のような人間ともちゃんとお話をしていただけて、うれしい反面こちらの身も引き締まりますし、それによって信頼関係も生まれるんだと思います。

O なんだかありがとうございます(笑)。

K では、スタイリストの喜びはどういうところに感じられますか。

O まあ、単純に仕事がうまくいくことだけど、100%満足できることはなくて。毎回どこかしら、ああすればよかったっていうのが必ず出てくる。サイズ感が違ったとか、ポケットチーフがうまく入ってなかったとか、そういう細かなところ。さっきも言ったけど、テレビとかは入って直せないじゃん。それがつらい。

K CMも大変そうですね。そういえば、“やっちゃえNISSAN”の木村(拓哉)さんのお仕事もされていましたけど。

O まあ、CMは直しに入れるから、サイズ感さえきちんと合っていれば大丈夫。

K スタイリングの肝はやっぱりサイズ感ですかね?

O それがいちばんでしょう。その人に合っていることもそうだし、ケースバイケースで大きいほうがいいこともジャストのほうがいいこともあるし。考えてみたらスタイリストをやっていてよかったというより、これしかできないって思いのほうが強いかも。ほかの仕事は全然できる気がしない。だから、やれてるし続いてる(笑)。

K 小さい頃とか、ほかに夢があったりしたんですか。

O ないね。服はずっと好きだけど。レコードジャケットが身近にあったからその影響もあるかな。

K 音楽をやりたかったとかは?

O どうだろう。音楽関係の仕事をしていると、売れてる人たち以外は幸せそうじゃないっていうのが見えてきちゃうし(笑)。一流になれないと食べていくことも大変だし、一流であったとしてもこのコロナ禍でまた大変だろうし。まあ、一流の人たちは偏っていて音楽しかできなかったりするから、スタイリストみたいな仕事もあるんだけど(笑)。

働き詰めの毎日におけるささやかな楽しみ

K 最近お酒はそれほど飲まれていないんですか。

O 若い頃はかなり飲んでいたこともあったけど、いまは土日の夕方に少し飲むくらい。無理するのはよくないし、長く楽しみたいから。ぶっちゃけ、70過ぎくらいがひとつの鬼門だと思うんだよ。

K お体には気をつけられていますよね。

O 食べ物には気を使ってる。昼は自分で炊いた玄米を食べ、夜は白米を食べずに豆腐とか。事務所の近くにヘルシーモンスターというお店があって、ヴィーガンメニューみたいのがあるからそういうものを食べたり。

K すばらしいですね。

O あとは運動もしてる。キックボクシングは週1ペースでもう12年。それはルーティンでひとつの楽しみでもあるね。ジムにはあまり行ってなくて、やれることは家でやるようにしてるけど。ヨガマットを敷いてストレッチして。

K いつお会いしてもお元気そうに見えます。私はそこまで気にしてないですし、お酒もいまだにわりと飲んでいます……(笑)。さて、そろそろお時間なので、今後の展望、やりたいことなどをうかがいたいのですが。スタイリストのことのでも、ブランドのことでも。

O そんなのないよ(笑)。長く続けられればってくらいかな。オレに頼みたいと言ってくれる人がいる限り、それにはなるべく100%で応え続けたいよね。裏切っちゃいけない。

K 年齢とか仕事とか考えず、本当に自由になったときには何がやりたいですか。

O 旅行はしたいかな。いままで仕事の絡みでは行ったことのあるロサンゼルスとかスペインとかに、何も気にせずにボーッと行けたら。あとはイタリアとモロッコにはもう一度行きたいね。

K いいですね。私もイタリアにヴィラを持ちたくて。映画『ゴッド・ファーザー』のラストシーンが夢です(笑)。

O イタリアは初めて行ったときの衝撃がすごかったのよ。ちょうどARMANIが出てきたときだったんだけど、イタリア人の着こなしがかっこいいし、スーツのよれた感じも新しくて。当時の日本ではそんなの見たことがなかったから、かなりのカルチャーショックで。なんでこんなにかっこいいんだろうって、帰国して1カ月くらい仕事をする気が起きなかったから。あまりにショックで引きこもっちゃった(笑)。

K そんなことがあったんですね。

O あと、まったく違う観点でリミニっていう港町もよかったな。海の見えるレストランで食べたシーフードがめちゃくちゃうまくて、それもずっと忘れられない(笑)。

K いままでお休みを取ってプライベートの旅行をしたことはあるんですか。

O まったくないね。ずっと働き詰め(笑)。紅白もあるから年末年始も休まず働くし。だからいまは週末の夕方が何より楽しみ。土曜は友達と飲むこともあるけど、日曜はだいたいInterFMの『Barakan Beat』なんかを聴きながらひとりで飲む。イタリアどころか、オレなんて本当に地味なもんよ(笑)。

大久保篤志(おおくぼあつし
平凡出版(現マガジンハウス)でスタイリストとしてのキャリアをスタート。以降40年にわたって雑誌や広告、ミュージシャンや俳優など幅広い分野で活躍するほか、2006年からはオリジナルブランドのThe Stylist Japan®︎も手がけている。
https://www.instagram.com/okubomegane/?hl=ja
https://www.thestylistjapan.com

勝又美孝(かつまたみたか) 
1998
年、SOPH.の立ち上げメンバーとして広報に就任。スタイリストへのリースやメデイア対応、販促物制作を通してブランドイメージの確立に寄与した。2020年にマネージメントやPRを業務とするKATSUMATA JAPAN officeを設立。

Special Thanks  KAZUMI HORIGUCHI
Photography  KENTARO MATSUMOTO
Text  YUSUKE MATSUYAMA