Bateau-Lavoir

対談連載「バトー・ラヴォワール」

Vol.2 尾上松緑さん〈後編〉

KATSUMATA JAPAN officeの勝又美孝が親交の深い方々をお呼びして、主に仕事についてのお話をうかがう連載企画。第2弾のゲストは藤間流家元・六世藤間勘右衞門として日本舞踊の世界でも活躍しながら、メディアに出ることはあまり多くない歌舞伎役者の四代目尾上松緑さん。実は20年来の飲み仲間であるという勝又が、お酒の場でのマル秘エピソードから仕事への思いや喜び、あるいはそれらの活動を支える癒しの存在にまで迫った。

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「僕自身は好んでメディアに出ることがないので、 何より劇場に来ていただきたいという気持ちが強い」

「僕自身は好んでメディアに出ることがないので、何より劇場に来ていただきたいという気持ちが強い」

お客様に喜んでもらうために心がけていること

K 歌舞伎と日本舞踊のどんなところに喜びを感じてます?

S そうだね、水鳥と同じで優雅に池を漂ってるように見えるけど、水面下ではバタバタと足を動かしているような商売。人前では稽古をしている姿は見せないけど、稽古をして作り上げた舞台をお客様に観て喜んでいただく。そのことがただうれしいし、ありがたい。殊に最近はコロナで劇場がしばらくお休みになり、去年は半年も休みが続き、久しぶりに舞台へ上がったのが9月になったけど、初日の舞台に出る前、人間国宝クラスの大幹部の先輩方でも緊張と喜びを感じられていたのが印象的で。もちろん僕もそう。お客さんは1席ずつ空けて、マスクをして、笑うようなところも少し我慢して、そんな中でも拍手をいただいたときに待っていてくださった気持ちが伝わってきて、ありがたいなと。

K それはうれしいね。

S こうした状況の中で観にきてくださるお客様は本当に好きな方で、感動でジーンとくるものがあったし、我々にとっては1カ月の公演なので、劇場内から感染者を出さず無事に終わらせる責任を感じて、その間のしんどさ、舞台上だけでなく、そういうことも仕事になるのはしょうがないなと。

K お客さんにどういうところを観てほしいというのはある?

S 歌舞伎役者に限らず、俳優を生業にしている人たちはそれぞれ似ているようで違うところがあり、僕自身は好んでメディアに出ることがないので、それは何より劇場に来ていただきたいという気持ちが強い。それこそ勝又さんには昔からもっとテレビに出なよ、なんて言われてたけど、好きじゃないからって。そういう話はよくしたよね(笑)。

K ついにマネージメント会社を立ち上げたけど、そのころからマネージメントをしたい気持ちはあったと思う(笑)。

S ドラマを断ったって話したら、なんでそんなもったいないことするのって(笑)。

K 一度大河ドラマには出てるんだよね。

S そのあともお話はいただいていたけど、拘束時間も含めて撮影期間が半年とかになると、その間は舞台に出られなくなるし、舞台のない時間に撮影してもどうしたって翌日の公演に支障が出るし、たとえどんなに小さな役であっても歌舞伎に出ることを減らしたくなかったから。話が逸れたけど、僕はできることなら舞台だけをやっていきたいと思う人間なんだよね。尾上松緑という役者を観にきてほしいとは思わないけど、芝居がおもしろかったといってもらえるのがいちばんだし、欲を言えば、そのあとにあの役をやっていた奴がよかったね、松緑っていうんだ、なんて褒められ方をされたらなおうれしいね。

K まずは芝居全体を喜んでもらいたいと。

S サッカーでも野球でもそうだけど、ひとりじゃできない。40歳を過ぎてからようやくそれに気づいて。当たり前だけど、若いころは役をもらえばすべて全力投球。でも、ひとりだけがんばっても、舞台の調和を乱すこともある。共演者を信頼して、任せられるところは任せることも必要。

K これは舞台だけじゃなく、ほかの仕事にも通じる話だね。

S サッカーでいうと、攻めているときにみんなで前に行けばカウンターを食らうことがあるし、全体のバランスが重要ってこと。そもそもこういうことを考えるようになったのも、同世代のスポーツ選手が引退をしていくのがひとつのきっかけで。僕ら歌舞伎役者が舞台に出始めたあと彼らはプロになりピークを迎えて引退する。でも、その間もその先も僕らは歌舞伎役者。スポーツ選手でいえば普通はもう引退している年齢で、実際問題20代や30代と比べると体力は落ちていて、それをどうやって補うか。我々は同じ演目をずっとやっていくわけだから、体力の衰えを補うには共演者の力を借りて作っていかなければと考えるようになったんだよね。

K しばらく会わない間に大人になってる(笑)。

S 勝又さんたちと頻繁に飲んでいたころって、いちばんギラギラしてたから(笑)。

K 本当にエネルギーがみなぎっていて。たくさん愚痴もこぼしてたし(笑)。

S 丸くなったとは思わないけど、個人ではなくチームの仕事なんだと。まあ、でも、当時から一緒に飲んでいた仲間たちとも仕事をするようになったりして、朝まで飲んでたことは決して無駄になっていないとも思う。

K そう言われるとうれしいね。私たちとのたわいない話も糧になっているかもしれない(笑)。しかし、エネルギーの使い方を覚えて熟成してるな。円熟味が増して、芝居にも新たな魅力が加わっているんだろうね。

S 自分でもわりとエネルギーがある人間だとは思うけど、それも無尽蔵ではないので。1カ月近く公演を続けるとなると、体のバイオリズムがよくない日もあるし、そういうことも考えてやるようになったかな。

K それもアスリートの考えに近いかもね。始まったら休みもないし。すべてを持続させて舞台に立つのは本当に大変なことだと思う。

S 歌舞伎役者、あるいは日本舞踊家を名乗るようになって、半年も舞台に立たないことはこれまでなかったので、体力が持つのかという懸念はあった。歌舞伎の業界というのはほかの舞台と違って、昼の部を3本、夜の部を3本という感じで演目があり、多いときはそのすべてに出るようなことも以前はあった。でも、いまは感染対策で11役と決められていて、よく言えばその役に一球入魂できる。

K それは知らなかった。

S いつかコロナ禍が明けて通常通りになったとき、僕は40代の後半とか50代でまた3本とか4本も出られるのか。

K 確かに改めて考えるとそれはヘビーだね。

S ただ、いまの歌舞伎座は1部に出ていると14時過ぎにはもう帰っていることになり、これまでそんなことはなかったから何をしていいやらわからない(笑)。体がなまっちゃうので去年からジムに通い始めたよ。

仕事の面でも影響を受けた尊敬するアスリート

K いまのエネルギーの源とか癒しって何でしょう?

S 犬かな。犬に仕事の愚痴を聞いてもらうとスッキリする。

K ウケる(笑)。

S 犬は迷惑そうな顔してるんだけど(笑)。

K それが癒しと。

S 仕事から帰って、飲みながら犬と遊ぶ。いまは東京以外の地方公演がないけど、それが始まったら犬と離れるのがつらい(笑)。

K  彼女かって(笑)。もともとは音楽に映画、読書、漫画と多趣味だよね。

S サッカーもそうだけど、やるより観て楽しむタイプ。体を動かす商売だから、なんで休息時間まで体を動かさなきゃいけないんだって(笑)。飲みに行けなくなったのはつらいけど、家で過ごせと言われてもそこまで苦ではない。

K 漫画とかもかなりの数を持ってたような。

S いまは売っちゃって、いっときの1/10くらい。というのも、持ち歩きたいからタブレットに入れてるんだよね。4000冊分くらい入ってる(笑)。小説から漫画からジャンルはいろいろ。

K 趣味のもので、これを読んでいる人たちに薦められるものとかある?

S 何だろう……。勝又さんと仲良くなったきっかけでもあるサッカーなら、花形とされるのは点を取って目立つフォワードだけど、ベッケンバウアーを好きだった父親の影響か、僕自身も中盤から後ろのポジションに魅力を感じて。

K 私はあんまりわかんないけど、続けて(笑)。

S クラブではイタリアのACミラン、プレイヤーではクロアチアの(ズボニミール・)ボバンがいちばん好き。ボバンは中盤から試合をコントロールするような選手で、自分もわりと受ける側の役者だから、同じように全体を見渡しながら芝居をしていきたいという思いがある。野球ならクリーンナップよりも1番とか2番を打つバッターがかっこいい。

K へえ、おもしろい。

S どれだけ打てても守備が下手な選手はあり得ないし。

K 野球選手で好きなのは?

S 元広島の前田智徳さん。この人は侍。彼のようになりたい(笑)。仕事で化粧をする鏡台の前に祖父、父、息子、娘に加え、前田さんの写真も飾ってあるくらい(笑)。

K  そうなんだ(笑)。

S あとは元西武、元ダイエーの秋山幸二さん。このふたり。

K ありがとう、わかりました(笑)。では、そろそろ時間なので最後の質問を。今後の野望とか展望ってある? 犬を増やしたいとかでもいいんだけど。

S いまもう4匹いるし(笑)。

K そうか。何かあるかな?

S 歌舞伎に限らず、舞台というものが閉場させられて忸怩たる思いを抱えているけど、腐っていてもしょうがないので、いまをバネが伸びる前のグッと力を貯めているような時間にしたいなと。いつかコロナ禍が明けたあとお客さんで劇場を満員にして、本来の興行を取り戻せたときに歌舞伎のよさを改めて伝えられるように。万全の体制でお客さんを喜ばせる。それが展望かな。

K そうなることを願ってます。あとはまた飲みにいきたいね(笑)。

S コロナが落ち着いたらまたゆっくり。

K 今日は取材だから飲めないし、久しぶりで少し緊張したし(笑)。

S そんなことはないでしょ(笑)。

尾上松緑(おのえしょうろく) 19915月歌舞伎座で二代目尾上辰之助襲名。200256月歌舞伎座で四代目尾上松緑襲名。古典を重んじながらもさまざまな役に挑戦し、舞踊家としても祖父や父の後を継ぎ、1989元年6月に藤間流家元・六世藤間勘右衞門を襲名。
http://shouroku-4th.com

勝又美孝(かつまたみたか) 
1998
年、SOPH.の立ち上げメンバーとして広報に就任。スタイリストへのリースやメデイア対応、販促物制作を通してブランドイメージの確立に寄与した。2020年にマネージメントやPRを業務とするKATSUMATA JAPAN officeを設立。

Photography  FUMIHITO ISHII
Text  YUSUKE MATSUYAMA